哲学

人為承認と自然承認

〝し(知)っている〟ことを〝している〟ことにしよう!

としてがんばっていますよね?

かの中村天風氏は、

≪ 同じ事柄がわかっているという場合にも、そのわかり方には、「理解」と「自覚」という二色ある。

理屈で論理的に正しく導かれる「理解」は人為承認。あなたたちが受けている教育はこの人為承認。

理屈を考えることなく自然と〝ハハァーン、そうか〟というふうに心がうなずくのが「自覚」で自然承認

ものごとの真理は、知らないときは理解(人為承認)から入らなければならないが、理解を理解のままでは信念化しない。自覚(自然承認)を経て知らず知らずのうちに信念となる。  そして、同じ教育を受けていながら偉くなる人は、理解を自覚の方へ移す分量が多い ための結果ではないか・・・≫

というようなことを言われています。

人為承認というのは、抵抗感やお仕着せ感があり、つまりまだ受け入れていないで心に定着しにくい状態。

自然承認というの抵抗感なく、すんなり心に定着する状態。

ということではないかと思うんです。  

理解するのに自分以外の人の援けが役立っても

自覚は、自分自身にしかできない、他人は関われない。

つまり何が言いたいかというとね、 

分かった! 知ってる!と言うだけではまだまだだよ、

それを自覚 、自分の中の智慧にしなさいね!!  

ってことです。  とっても難しいことだけど、がんばれ!! 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

被取締役新入社員

またまた一緒に見たテレビの話からだけど、

ドラマ『被取締役新入社員(取り締まられ役新入社員』

何をたっても失敗ばかりのドジで間抜けで仕事で全く使いモノにならない新入社員でも“使いモノにならない”ことが“使いモノになる”ことがある。 ドラマですからと突っ込みたくなるようなシチュエーションでしたね、でも、

失敗してもその失敗が会社のためになることがあると思えれば、失敗でへこむことも無いさscissors

これは、まさに、無用なものが実は有用なものを有用たらしめているという、荘子にある『無用の用』をいわんとしているようなドラマで結構深かった。

この『無用の用』という荘子の言葉。

私の考え方を大きく変えた東洋哲学の言葉であり、大学時代に学んだことの中で最も心に残っている言葉のひとつなんですよ。 

今の時代、効率主義が重用され、無駄を無駄として切り捨てていこうとする傾向が強いけれど、ものの見方、価値観の転換をはかることで観えてくることも多いもの。

『無用の用』を感じる力が人生に余裕をつくる!がんばれ!

|